正気でいられない笑気ガスの問題
ロンドンの道端や公園の片隅にこんな小さいガスボンベが落ちているのをよく見かけます。一見、自転車・バイクのパンク修理用のガスボンベかと思いましたが、一か所に多数が落ちていることもあり、多くは少し寂しげな場所ということは…
つまり、これはガスライターか何かの燃料ガスなんだろうな、ガスを吸って気持ちよくなっちゃう悪い行為(遊びと書くのを躊躇しました)に使うんだなと思っていたのです。
この推測の後ろ半分は正解で、前半分は誤りでした。
ガスを吸って酩酊状態を楽しむのが目的ですが、そのガスは燃料用のブタン、プロパン等ではなくて、N2O(亜酸化窒素、または一酸化二窒素)でした。
なぜ気づいたかというと、一緒に落ちていたガスの箱に"Cream Chargers"と書いてあったからです。「クリーム」って?
(箱の表記が見えませんが…)
このガス、ホイップクリームを作るために売られているのです。ミキサーで泡立てなくても手軽にホイップクリームが作れる優れものです。
ところが、これに使われるN2Oガスは、別名を笑気ガス(Laughing Gas)ともいい、吸った人を酔わせる作用があります。 麻酔作用もあるため、日本でも歯科治療の麻酔用に使われることがあります。
この多幸感を伴う酩酊作用を違法ドラッグの代わりとして楽しむ行為がイギリスで問題になっています。安価で入手しやすく、他のドラッグのような副作用が少ないとされているため、手軽に利用されているとのこと。
他のドラッグよりはるかに少ない数ですが、身体異常を生じたり、死亡する例もあります。
2016年には吸引目的での使用が禁止されましたが効果は上がらず、アマゾンUK等でも販売が続いています。
あちこちでこのガスボンベが落ちているのを見かけることからも、未だに広く乱用されているのが実態です。プロサッカー選手等の有名人が使用していたり、ロックダウン中の違法パーティーで使用されていたり…
また、夜間の人気の少ない公園が危ないというのは、こういった痕跡からも容易に想像できます。
この笑気ガスはまだ可愛いもので、大麻も広く使用されており、さらに危険な薬物やそれらに関係する犯罪も社会問題になっているのですから。
なお、このN2Oガスは日本でも乱用が問題になり、2016年に指定薬物にされています。業務用以外での所持、売買、使用は禁止されており、個人輸入による逮捕者も出ていますので、念のため。
余談ながら上記で使っている「ガスボンベ」というのは和製英語(?)で、英語では'gas cylinder'か、'gas canister'です。ボンベはドイツ語の'Bombe'からきていますが、この意味は「爆弾」=英語の'bomb'です。ボンベと爆弾の形が似ているからともいわれていますがはっきりと分ってはいないとのこと。
余談ついでに、「ホイップクリーム」というのも英語は'whipped cream'ですから、「ウィップト・クリーム」となるべきところです(上の動画で発音を確認できます)。
よくある'wh-'をハ行で表記、'-ed'を省略のパターンが採用されていますね。'white'⇒「ホワイト」、'iced coffee'⇒「アイスコーヒー」のような。
ところで、このN2Oガスを発見したのは、ジョセフ・プリーストリー(Joseph Priestley)。その麻酔作用を発見したのは、ハンフリー・デービー(Sir Humphry Davy)と、イギリスの偉大なる化学者たちです。
そのガスがこんな問題を起こしていることを、お二人はどう思っているのでしょうね?
(プリーストリーとデービーの像、この場所はいずれ別の記事にしたいと思います)
(実はデービーはこの乱用の先駆者でもあり、笑気ガス吸入装置等も開発しています…)