倫敦月/アラビア月

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『フランダースの野に』ポピーは育つとしても (リメンブランス・ポピーの由来)

戦没者を追悼する赤いポピー(ヒナゲシ)の花が11月上旬のイギリス中で見られることについて先日の記事に書きました。

pink-supermoon.hatenablog.com

 

この赤いポピー、リメンブランス・ポピー(remembrance poppy)が始まったいきさつをイギリスの在郷軍人会(The Royal British Legion)のウェブページから引いてみます。

www.britishlegion.org.uk

ここではポピーは、過去の戦争の犠牲者の追悼と平和な世界への希望のシンボルであると同時に、現役・退役軍人とその家族のコミュニティーへの支援を表すものとしています。

 

ポピーが使われるようになったきっかけは、第一次世界大戦で、当時イギリスの自治領だったカナダから軍医として従軍したジョン・マクレー(John McCrae)の詩『フランダースの野に (In Flanders Fields )』にあります。

マクレーは1915年5月、ベルギーの激戦地イープルで友人を失った直後にこの詩を作りました。荒れはてた戦場に咲く赤いポピーの印象がこの詩に反映されています。 

 

(Imperial War Museumの映像、第一次世界大戦の戦場のイメージ)

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(同、戦場に咲くポピーのイメージ)

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 マクレーの詩『フランダースの野に』はイギリスの雑誌Punchに投稿・掲載され、人気となりました。そして、これを戦死者の家族や戦傷者への支援のシンボルに使うことがアメリカから始まりイギリス、イギリス連邦の国々に広がって現在まで続いています。

 

『フランダースの野に』は15行の平易な表現の短文の中に、印象的なイメージを織り込んだもので、広く理解され人気になった理由がわかる気がします。

ネット上にもこの詩に強い印象を受けて和訳して紹介するものが多数あります。

私も訳してみました。できるだけ原文に近い形で、平易な表現を心掛けて。

 

In Flanders Fields

  フランダースの野に

 

In Flanders fields the poppies blow

  フランダースの野に、ポピーが風に吹かれる

Between the crosses, row on row,

  幾重もの列をなす十字架の間で

That mark our place; and in the sky

  その墓標は私たちの居場所を示している、そして空には

The larks, still bravely singing, fly

  ひばりたちが飛ぶ、今も勇ましげにさえずりながら

Scarce heard amid the guns below.

  地上では砲声でほとんど聞こえないが

 

We are the Dead. Short days ago

  私たちは死者だ、ほんの数日前には

We lived, felt dawn, saw sunset glow,

  私たちは生きていた、夜明けを感じた、夕日の輝きを見た

Loved and were loved, and now we lie

  愛し愛されていた、そして、今は横たわっている

In Flanders fields.

  フランダースの野に

 

Take up our quarrel with the foe:

  私たちの敵との争いを引き継いでくれ

To you from failing hands we throw
  成し遂げられなかった私たちの手から君たちに投げ渡す

The torch; be yours to hold it high.

  その松明は君たちのものだ、高く掲げるための

If ye break faith with us who die

  君たちが死んだ私たちを裏切るのならば

We shall not sleep, though poppies grow

  私たちは眠らないであろう、たとえポピーは育つとしても

In Flanders fields.

  フランダースの野に

 

Lieutenant-Colonel John McCrae
~ May 3, 1915

  中佐 ジョン・マクレー、1915年5月3日

 

他の訳の中には私の解釈と異なるものもあるので、私の考えも記しておきます。

  • row: 動詞「漕ぐ」ではなく名詞「列」とし、その列をなすのは野生のポピーではなく人工的に並べられる十字架としました。
  • that mark: that は関係代名詞で crosses (複数)を指し、mark 「(位置などを)示す」の主語としました。
  • gun: この語は火薬で弾丸を打ち出す兵器全般に用いられるので、「銃」ではなく「砲」としました。より音が大きく、塹壕戦における主力武器であり、この詩作のきっかけであるマクレーの友人を戦死させたものなので。
  • below: 「私たちが砲声の下」にいるのではなく「砲声がひばりの下」にあるものとしました。
  • heard: 前後がいずれも現在形なので、hear「聞く」の過去形ではなく、過去分詞と解して、ひばりの鳴き声が聞こえないものとしました。scarce は 古い用法で副詞 scarcely 「ほとんど~ない」の意。

 

考えたのは10行目の "Take up our quarrel"。'take up' は Oxford Advanced Learners Dictinary では最初の意味とし​て "to continue, especially starting after somebody/something else has finished" 「続ける、特に他の誰か/何かが終えた後に」が挙げられています。

これに対して小沼通二さんは15-16世紀の古い用法として「友好的に収める」という意味も二重に込められていると解釈しました。

今月のことばNo.9 | 世界平和アピール七人委員会

でも、ほとんどの辞書に記載されていない古い意味を見出そうというのは、読み手の願望を込め過ぎている気がします。

 

気になるのは 13行目の 'ye'。これは15世紀以前の中英語で用いられていた主格の二人称複数の代名詞で、現代では'you'「あなた方は」。とすると、やはりシェイクスピア時代を意味するのか…

実は'ye'は方言としてカナダの東海岸部、イングランド北部、アイルランド等で地方的に用いられているそうです。マクレー中佐はスコットランド系でカナダ・オンタリオ州出身ですが、戦死した友人(ケベック州出身)や他の戦友が 'ye' を使う人であったのかもしれません。 

 

というわけで、この詩が広まった当時の一般的なイメージと同じく、戦いを続けることを訴えた内容と解釈しました。

Wikipediaでこの詩を説明するページにはマクレー本人の手書きの詩が載っています。12行目を"The torch; be yours to hold it high!"と感嘆符を付けて力強く表現しており、これを見ても友好的に収めるイメージではないと思います。

In Flanders Fields - Wikipedia

 

その思いが残っているのでしょうか…

第一次世界大戦以降も延々と世界各地での戦争・紛争に関わり続けるこのイギリスで、赤いポピーを使った軍に対する支援活動もずっと続いているのです。

 

(リメンブランス・サンデーに追悼式典が行われたロンドンのセノタフに並んだポピー, 11月13日撮影)

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この先もずっと続けなければいけないのでしょうかね…

上の訳では、争いについて自分達は失敗し、後の人々にそれを引き継ぐということに重点を置き、戦えという表現は用いませんでした。敵を倒すことのみを成功とするのか、別の道があるのかも含めて次の人々に託すというイメージで。

小沼訳の影響とも言えますが、十字架やポピーのリースを増やし続けることが野に眠る者たちの願いだとは限らないと、そんな思いで訳を考えてみたのです。

 

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(補足)

この詩はロンドー(rondeau)という形式のもので、5行・4行・6行の合計15行の中に2種類の文末の押韻と、2回の同じ行の繰り返し(リフレイン)を配しています。押韻A, BとリフレインCが、AABBA, AABC, AABBACの順に並ぶ形式で、ここでも(A)[əʊ]と(B)[aɪ]、リフレインの(C)"In Flanders fields"が整然と並んでいます。

(A) blow、(A) row、(B) sky、(B) fly、(A) below

(A) ago、(A) glow、(B) lie、(C) In Flanders fields

(A) foe、(A) throw、(B) high、(B) die、(A) grow、(C) In Flanders fields

この明解なリズムと押韻も広く人気を呼んだ理由かもしれません。