街にあふれるポピーとリメンブランス・サンデー
10月下旬から11月上旬にかけて、ロンドンのあちこちで赤いポピー(ヒナゲシ)の花を見かけるようになります。ポピーは初夏の花ですから、それらは造花や絵や写真なのですが。
元々、これらのポピーは第一次大戦の戦死者を追悼するシンボルとして使われました。そのため、イギリスでは1918年に第一次世界大戦の休戦条約が締結・発効された同じ日付の今日、11月11日に向けてポピーが広く見られるようになるのです。
現在までにポピーは第二次世界大戦やそれ以降の紛争を含めた軍関係の犠牲者を含めるようになっています。
そのため、イギリスの戦争の追悼施設に供えられるリースのほとんどには赤いポピーが用いられています。
(ロンドンのグリーン・パークにあるコモンウェルス・メモリアル・ゲート)
街で見かけるポピーとして最も多いのはリメンブランス・ポピー(remembrance poppy)。
ポピー・アピール (Poppy Appeal)という募金活動で退役・現役軍人のコミュニティーを支援するものです。
街頭やスーパー等で募金をするとこの紙製のポピーの襟章をくれるあたり、日本の赤い羽根共同募金を連想させます。
(ポピー・アピールを広報するThe Royal British Legion イギリス在郷軍人会のポスター)
(駅で行われていた募金活動)
と、ここまで書いてきて疑問に思ったのは、ポピーは戦死者追悼のシンボルと思っていたのに、この募金は主に退役軍人の支援のために行われているということ。
上のポスターには"... support the Armed Forces community, past and present"「... 過去と現在の軍のコミュニティーを支援する」と書かれています。
募金が始まった当初は第一次世界大戦の帰還兵支援の目的があったのですが、次世紀の現在まで同じ趣旨で続いています。
イギリスでは過去の戦争の追悼から退役軍人たちの貢献、現在の軍の活動までを連続したものとしているのかもしれません。第二次世界大戦前後で軍と市民の関係が一変した日本とは大きく異なるように思います。
この時期、この赤いポピーを付けた人を街中で見かけるようになるのですが、実は一番よく見るのはテレビや新聞の映像かもしれません。
政治家、芸能人、ニュースキャスター、スポーツ選手等はそろってこのポピーを着けます。場所によりけりですが街中では20人に一人も見ないのに。
この国でも、このポピーについては一種の同調圧力「ポピー・ファシズム」があるようで、それに対する反発も聞かれます。
さて、今日11月11日は第一次世界大戦の停戦記念日 (Armistice Day)ですが、これに一番近い日曜日は、リメンブランス・サンデー (Remembrance Sunday)として、イギリス全土で各種の追悼行事が行われます。今年(2020年)は11月8日でした。
最も大きいのが、ロンドンの官庁街ホワイトホールの追悼記念碑セノタフ(The Cenotaph)で行われる式典。
例年、エリザベス女王と王族一同、政府関係者、軍関係者、退役軍人たちが集まって大々的に行われていました。でも、今年はコロナウイルス対策のため参加者を限定して、ソーシャルディスタンスに配慮して大幅に縮小した構成として、観衆なしで行われました。
BBCによるこの式典の中継放送はこんなアナウンスで始まり、今年の異例さも表現しました。
"At 11 o'clock - the moment the guns fell silent on the western front and the first world war ended with the armistice - a two minutes silence is observed."
「11時ちょうど、西部戦線で銃声がサイレンス(沈黙)になり、休戦協定により第一次世界大戦が終わったその時刻、2分間のサイレンス(黙祷)が行われます。」
"This year, there is a different silence. The silence of a Whitehall empty of thousands of veterans who march past the Cenotaph and lay their wreaths, the silence of pavements where no crowds have gathered to watch."「今年はそれとは別のサイレンス(静けさ)があります。静かなホワイトホールには隊列を成して行進し、セノタフにリースを供えていた何千もの退役軍人たちの姿はなく、静かな歩道には集まってそれを見守る人々もいません。」
このアナウンスを聞いて、11時というのはイギリスと1時間の時差のある中央ヨーロッパ時間の12時のことと誤解したり、一部の'silence' サイレンスを 'siren' サイレンと聞き間違えてしまったのは、日本で8月15日の12時に防災放送のサイレンの音とともに黙祷を行っていた子供時代の記憶のせいかもしれません。
(実際には第一次世界大戦の停戦発効は中央ヨーロッパの1918年11月11日午前11時であり、LとRが聞き分けられなかっただけなのですが…)
ともあれ、8月15日のVJデー(対日戦争記念日=第二次世界大戦終戦)より大掛かりな式典を行い、女王陛下を始めとして軍服以外の参列者が皆黒づくめの服装であったのは、第一次世界大戦における100万人を超える膨大な数の犠牲者が、世界の強国だった当時のイギリス帝国にどれほど大きな衝撃と悲しみをもたらしたかを想像させます。
なにしろ、1853-1856年のクリミア戦争から半世紀以上も大きな対外戦争がなかったイギリス帝国に、その10倍近い膨大な犠牲者を生じさせたのですから。
ロンドンのあちこちで見かけるポピーは第一次世界大戦終結から100年以上を経てその悲しみの記憶を風化させまいとしているのでしょうか。
でもどこか、第二次世界大戦以降も繰り返し軍事活動を続け、現在もシリア、アフガニスタン等に派兵しているイギリス軍の存在を意識づけているようにも思えてしまいます。
(※注) この記事ではremembrance をリメンブランスと表記しましたが、リメンバランスという表記も多くみられ、揺らぎの範囲だと思います。Oxford Advanced Learners Dictionaryを始めとして多くの辞書での発音は[rɪˈmembrəns]とbの後に母音が入りません。調べた中では唯一 Merriam-Websterが [riˈmembərən(t)s] もあるとしています。よく使われる単語 remember、すなわちリメンバーの発音に影響されているのでしょうか。
(追記) このポピーが使われるようになった経緯と、ポピーのある風景を描いた詩について記事を追加しました。